teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

君の名(前)は。

はい。最近よくお食事をしている女の子にどうしてもといわれ、君の名(前)は。」を見るハメになった。

 

しかしオイラの性格はひねくれているよ、という話はしているし、そういう発言を彼女のまえですることもちょくちょくありつつ、それでもいいから見てみてよ、といわれ見るに至ったわけだけど。

 

いやー、泣きそうになりましたね。

 

いやー、ほんとごめんなさい。生まれてきて。

 

こんなにも違うのかと。いったい「君の名(前)は。」がこれだけ支持された理由っていったいなんだったんでしょうかね。ほんとに。

 

「君の名(前)は。」に感動できる人たちが世の中を占めているなんていうふうには思わないけど。

けど興行収入がぶっちぎりだったという事実もそこにはあるわけで。

そういうふうに考えちゃうのも無理はなくない?と思うのもまた事実でありまして。

 

いっやー、ごめんねー。生まれてきて。

 

世間の人がいいというもので感動できない自分というものを再確認させられて泣きそうになりましたね。

 

自分はチンカイ監督の作品はこれで四作目である。

なぜ嫌いなのに四作も見ているのかと訝られる方もおられるでしょうから、ご説明申し上げると、初めて見たのが「秒速五センチメートル」でございました。

 

この作品、好きでした。空気感といい、男女の淡い恋といい、描写といい、ストーリーといい、この作品って素朴だったからなんか好きだった。ただし個人的にハッピーエンドにせず、東京で暮らす男がメソメソと過去の(それも学生時代)恋愛をいつまでも引き摺りやさぐれているというオチは監督のオナニーだと思った。

 

それでもまあ、学生時代の彼女に会いに行くシーンなどはとても心温まるものがあった。

それからオチには失望したものの、次の作品ではまた違ったものがあるかもしれないと、一作、また一作と手を伸ばしていた。

 

だが、ダメだった。

 

チンカイ監督の利き腕は快調だった。

秒速五センチメートルなどという生半可な速さではない。

 

きっとチンカイ監督はまだ童貞なのだろう。

もちろんこれは比喩的にいって、だ。

 

まあ、巷でいわれていることではあるが、チンカイ監督はオナニー映画の天才なのである。

 

自分のオナニーがなぜかしら世の中に需要がある、ウケる、レスポンスがある、と気付きいた彼は、たちまち勢いづき、欲望を欲望として昇華させた。これまでは「これ描いたらマズイやろ、わての顔で、これ描いたらマズイやろ、」という描写さえ、微塵も躊躇うことなく、いやむしろ、水を得た魚のように、ハンサムスーツを得たブサ男のように、女性の視線さえ意に介さず、描き切ってしまった。

 

それがまたなぜか、世にウケてしまった。

 

それがいったいなぜなのか。それは私にもわからぬ。

くやしい。

あの描写は間違いなく性的な目線で描かれているというのに、女の子たちはそれに気づきもしないというのだろう?はなはだくやしい。中腰の姿勢で、膝から右足を振り上げ、地面を何度も踏みつけにしたいくらい、くやしい。

 

でもこれはあれだ、女の子にまつわることって、いつもそうだ。

意中の子が好きになったり夢中になったりしている男に限って「そいつだけはやめておくれよ…」というような現象。

「なんでそんな不実な男にいくんだよ。。」という胸の苦しみに似ている。

 

チンカイ監督もまた、その男の部類であると、おれは君の名(前)は。」が公開されるずっと以前から、思っていた。きっと、私生活はきったないんやろうなあと。

 

 

案の定彼は君の名(前)は。」の大ブレークから数か月たったあと不倫のニュースになっていた。

 

きっと失望された女性諸君は多いのではないだろうか。

「あんなピュアな物語を作った人が信じられない…」と。

 

そんなものは冒頭からけつまで、だだ漏れた欲望の汁をまんべんなく塗りたくった「君の名(前)は。」を見ればあきらかなんだけどな、と思う次第でして。

 

…そうなのだ。これは女性が騙される映画なのだ。

 

「君の名(前)は。」は、その実、少女漫画のストーリーが描かれた、「マジックミラー号」なのだ。

 

鏡の向こう側にあるのはドロドロとした欲望、男が黙過している暴力性。

そういったものをマジックミラーのこちら側に配し、スクリーンの向こう側にいる人間にはとってもピュアで、潔白で、純情で、一途な美しいものを描いているという、奇跡的な二面性を保持した素晴らしい作品なのだ!!!!!「君の名(前)は。」!!!!やるな!!!!!!!!

 

 

こんなディスり方をしたレビューが、かつてあっただろうか。

断っておくが、おれは穿った見方を極力さけて公平に視聴しようと臨んだつもりだ。女の子にすすめられた手前、感想としても良かった点を挙げるためのアンテナをはっていたつもりだ。

その結果がこれだ。見る価値はない。少なくとも時間がないと感じている根暗な人間にとっては。

 

うん、決めた。これから先、映画という話になると、「君の名(前)は。」見た?と問う女の子は大勢いるだろう。その質問には「いやー、泣けたね。」と正直に感想を言おう。人とのつながりについて、考えさせられて、涙がでたと。

 

 追記

 

少し真面目な考察を入れるなら、描かれているものの不自然さ、がある。

 

宮崎駿の名前をここで出すのは全然間違ってるのかもしれないけど、

彼が描く人や車や食べ物、道具に至るまで、そこに意味がある描かれかたがしてると勝手に感じてて。

 

なんというか、ちゃんと歴史がある、過去がある、というか。

たとえば、このことに気づくきっかけになった「思い出のマーニー」なんだけど、

あるシーンで、まったく物語とは関係がなく、自転車で素通りしていく女の子が出てきたシーンなんだけど、「あっ、彼女はどこにもむかってないな」って一瞬で思ってしまって。それからコンマ数秒で「描写されるためだけに描かれたかわいそうな女の子」と意地悪な考えが脳裏を埋めた。笑

 

そんな感じで、出てくるものや人に歴史が感じられない描写ってのがあって。

 

それが、絵の綺麗さ、情景描写の巧さをうたったものならなおさら目につくのかもしれない。

 

そんなわけで

君の名は~の、冒頭の電車のシーンはとくにお粗末に感じた笑

4車両がいっせいに並ぶことって、あるのかね笑

 

 

まあそう考えるとやっぱ宮崎駿ってすごいなと、違和感がないもんなあ

 

 

追記の追記

 

見る価値ない、とか

そういうのは訂正。

 

視点とか、あるね。ほんといつも忘れるけど。見落とすけど

 

もしかしたらミツハの母が亡くなったのも必然、そうして父が神主を継がなかったのも必然、人を動かせる町の役人になったのも、必然。

それはすべて彗星から町民全員を救うため、そう考えるとこれは、こないだ見た「メッセージ」に通ずるところがあるぞ…

 

なんてこった

 

価値がないものなんてない

 

軽々しくそういわれるのはすごく不快だけど

その事実はほんとにごく自然にそこにある。

言葉にしたら陳腐になっちゃう真実あるある

 

あー意地悪な世界

 

 

 

 

追記の追記の追記

 

 

 

いや、クソだよ

見る価値なし。

追記の追記の追記をわざわざ書いてやったことさえ無駄なことしたなあ、と思える無価値っぷり。ぷりぷりぷりぷり