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teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

腹立つチンポコクソ野郎にありがとう

カフェの席に着いて周囲を窺うと、右にはパソコンを開いて仕事の打ち合わせをしている二人組、左には仕事の電話をしながらパソコンを開いている人、真正面にはお洒落なおにーさんがパソコンでYouTubeを見ている。

 

なんだろう、この気持ちは。

 

おそらく同世代か、あるいは2~3個くらいしか離れていないと思う。

 

おれはというと、時代が止まったような服装で、普通の人なら歩きながらでも考えられることを、カフェで落ち着いて考えよう、なんて甘いことを甘いココアを飲みながら考えていた。

 

勝手に疎外感を覚える癖

 

 

でも実際問題、おれになんの魅力があるだろう

 

というかよく生きてこられたな、ここまで

 

あ、そうか

 

親のすねと乳

 

かじって生きてきたのか

 

 

 

 

 

そういえば今日、窓口の男性が不親切というか、不躾というか

そういう人に遭遇してしまったんだけど

 

あれは身なりで判断されたのか、おれの口調に自信のなさを読み取ったからなのかは知らないけど、とりあえず、分け隔てなく対応しているようには見えない態度で接してきた。

 

もしあそこで、おれが一言尋ねなかったら四千円損してたかとになるしね、一年前のおれだったら、多分払わされてただろうな。

 

んで、そういう態度の相手であるにも関わらず下手に出るおれというのも愚の骨頂。

 

いや、ここで変に不快感をあらわしても、こちらにメリットがないかもしれない、むしろ逆効果だ、と正当な、姑息な、理由をあてがい、自分を納得させた。

 

ふふ、あのですな、メリットデメリットはさておき、人の怒りというものは、それをその場その場で多少なりとも発露していかない限り、ただ増幅されてストレスとなって溜まっていくだけなのだよ。

 

メリットデメリットを秤にかけるよりもまず、怒りの感情を素直に出してない時点で、悪影響しかないのだよ。

 

 

ということはわかっているんだけどね。

 

 

なんだろうなー、これっていうのも、後ろ楯がないから、なのかもしれない、ってちょっと思った。

 

仮にこの状況で、誰かが見ていたとして、

おれのいまのこの怒りを発露させたとして、後ろ指をさされやしないかと。

仮にそいつの指摘が間違いだったとしても、それを庇ってくれる人間が、おれには母親くらいしかいないということ。

友達が居ないから。電話帳にもLINEの連絡先にも、職場のつながりしかないから。

 

だからおれの意見を尊重してくれる人が、誰もいない状況は、避けられないわけですよ。

 

どんなに理不尽な状況でも、名前も知らない他人を庇ってあげられるお人好しなど、居ない。

 

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

 

おれは自分を虐めるのが好きらしい。

 

 

どう考えたって

 

どーもー

 

 

くらいで済ませておけばいいのに。

 

ありがとうございました、って

 

 

 

おれは残念な人間だ

 

自分を見下すことでしか、アイデンティティーを確かなものにできない

 

 

泣きたいのに涙は出ない

 

これもあれだね

 

怒りの感情を発露できなかったときと同じ。

 

泣かせてあげない、という押さえつけ。

 

 

精神はズタズタ

 

 

生きてるのが不思議なくらい

 

放心状態のまま

 

人生が終わればいい

 

 

 

そして最近すごく思うことというか、気づいたことがあって。

 

 

でもそれを言葉にすんのは面倒だし、例の自虐癖だしで書いてなかったし、書けるかわかんないしで書いてこなかったけど、この流れのまま書いてみると、

 

人って、自分と違うな、って

 

なんというか、お洒落もそうだし、仕事におけることもそう。

 

その人にとって、飾りであったり、能力の一部であったりすることが、おれにとっては百の労力を払ってようやく得られることというか、

 

みんなはそつなくこなしたり済ませたりしていることを、おれは全力でやっても得られたり得られなかったりする。

 

 

どうりで同い年でもキャリアに差がつくわけだ。

 

 

 

死にたいような気持ちが、数秒に一回、ポコポコと泡立っては消え、泡立っては消え、しているけどこれもフェイクだと思う

 

 

ねえどう?伝わったかな、最後の部分

 

 

 

 

仕事においてもそうなんだけど、

 

アインシュタインも言ってるんだけど、

 

同じやり方で同じ結果が得られると思うな、みたいな。

 

 

つねに変化させることが、柔軟に形を変えることが、生きるということ、生の悦びなのだという。

 

それに妙に納得するんだけども、

 

なんか釈然としない気分になるのは

 

 

 

追記

 

いや、しかもあのチンポコクソ野郎、まじあり得んわ。

 

新幹線ガラガラなのに、指定席なのに、4号車というね。歩く距離自由席と変わらんやんけ

なんの嫌がらせ?

あーこれだから見た目がナヨってるとナメられる

 

殺すぞまじで