読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

どんな気持ちで

創作

私の周りには咳や鼻水、喉が痛い、胸が苦しいという人がたくさんいる。

私はあの日の事故が起こるまで、○○○のことをほとんど知らなかった。

それから自分で少しずつ、勉強した。

そしてわかった。この分野はとんでもなく複雑で難解だということ。そして、○○○は、人知を超えたものだということ。

○○○をビジネスとして、ごく一部の人間が利益を得たいがため、使われていること。○○○なしでも世の中は回せること、決して低コストではなく、高コストだということ、そして、我々の人体を、DNAを、破壊すること。

 

よく考えたら当然だ。

×××が△△△をはるかに凌ぐレベル7の事故だと位置づけたものが、被害がないわけがない。

 当時、なぜあれほど政府や電力会社のお偉いがたが怯え、マスコミが騒いでいたのか。

思い出してほしい。

県境に壁はない。

 

そこに生活があること。簡単に場所や習慣を変えることはできない。

たしかに、私が東北や関東に住んでいたら、私はそのことに目を向けていただろうか。

否、見て見ぬふりで生活をしていただろう。周りから「逃げて」と言われても、仕事や住まい、現状の生活をいきなりやめるというのはすごく大変で、面倒で、勇気がいる。

 

世間では○○○の話題をすることがタブーとなってしまった。

戦争も然り、国民性との相性は最悪だ。それとも相性抜群というべきか。

墓場へと向かうときの足の引き摺りあい。

 

私はあの日から、○○○の危険性とその回避法を調べた。容易ではないが、方法がないわけではないことを知った。その甲斐もあってか、体調は一時期の酷い状態から少し持ち直している。

 

仕事場でも、「ずっと風邪気味」という人や、体調不良で早退・欠席という人が たくさんいる。遠く離れた九州で、だ。

声をかけるつもりはない。私は噂話の対象にはされたくない。

残酷だというだろうか。 好きに言わせておけばいい。

 

私はもう孤独な闘いを決め込んだ。

それで充分だろう。

 

あの日の前から私は常に、世の中に違和感を覚えていた。

過剰なまでの明るさや向上を促す社会。

延々と繰り返される痴呆気味の歌謡曲

平然と嘘を垂れ流す広告。

つまらない会話。

 

いずれこの社会は、破滅するのではないか。

それとも私が生きている周辺の現実だけが、このように歪なだけなのか。

どうやらそうではないらしい。どこも似たようなもの。 

 

だから私は少し、愉悦を感じている。俺の苦しみがわかったかと。

理解されなかったことへの苛立ちが、残酷な微笑となって頬をひきつらせる。

 

 

事実をそれとなく知っていながら黙っているのは、気持ちのいいものではない。

 

文字通り、見殺しにしているのではないかという罪悪感。

私だってよく、わからないのだ。

自分が行っていることが絶対に正しいのか。人の習慣を変えさせてまで、伝えるべきことなのか。杞憂なのではないかと。

そしてこれは、ひとりひとりの生き方にも関わってくるナイーブな問題だ。

 

でもね。生きてほしいんだよ。ほんとうはそれだけ。

そんなシンプルな気持ちすら、伝えることができない人間。人間の言葉。人間の声。

 

 

つい先日、高校から仲良くしている遠方に住む友人から白血病を患ったという知らせがきた。26歳。

私は愕然とした。 

 

と同時に、私のせいではないかと、私が声をかけなかったからではないかという自責の念が、吐き気とともに込み上げてきた。

 

 

○○○は恐ろしい。

肉体だけではなく、その精神をも壊しにくる。

 

 

 

 

創作でしかこういう発言をできない自分に苛立ちを覚える

 

そして随分と達観してる自分にも腹が立つし気持ち悪いし残酷だと思う

 

人の生活に関与するのはこわい。

責任なんかもてないし、そのひとの病気の進行具合にもよる。

助かる見込みがほとんどない状態で、アレの影響だといわれても怒りしか覚えないとおもう。それもその矛先はおおもとの原因ではなく、それをカミングアウトした私に向けられるだろう。

 

でもなにも高みの見物をしているつもりもない。

これは防御法を知っていたところで防ぎきれるものではないから。

仮に防御しててもやられる。

 

そういう状況なのに、まだ信じる信じないの話をしてるのが現状。

もう一日一日を大切に生きるしかない。

残された今日をね。

皮肉な話だけど、逆算すると生を実感できてる気がする。心に余裕ができる。

人間ってほんと不思議だ