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teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

凪をめざして

独自考察備忘録

パソコンでブログ書くのはじめてだな、まさか自分がタイピングしてるとは一年前では考えられなかった。

 

せっかくパソコンからログインしたので、ちょっとデザインとアイコンを変更…。

 

もうここ開設してから何年にもなるのにいまだにアクセス数が二千百いくつというね…笑

 

まあだからこそ時々思い出したように戯言をこころおきなく書けるんだけどね

 

 

最近のこと

 

一年くらい前かな

大嶋信頼というひとの書いた無意識さんの力で無敵に生きるという本を読んだのがはじまりで、ミラーニューロン以外の本は全部読んできたわけだけど

それでもやっぱり、何事もないはずの日々に重圧を感じる日常からはそう簡単に抜け出せず、読み終えて数週間は気持ち的に楽になるんだけど、日持ちする哲学っていうのはなかなか存在しないという半ば真理のような事実と、反復しない限り記憶に定着しない、ていうこともあって、知らず知らずのうちに考え方がまた以前の、標準装備である根暗モードへと舞い戻り、「これは人生を変える素晴らしい答えのような本に出会えたかもしれない…」というインパクトだけが鮮明に残っており、そんな人生のうちでこんなに共感して泣くことが、もう一度あるかないかのあれだけの本を読んだのに俺は変わることができなかった…という余計な笑絶望を味わっていた。

 

 

だけどそれは単なる記憶力の問題であったらしく、読み返すことで記憶がリフレッシュされ、また新鮮な気持ちでそれを実行することができた。

そうやって読み返すきっかけになったのは、また憂鬱のピークに達していたときにたまたま今年の三月に発売されていた新刊をネットで見つけたからだ。

 

その本は言葉でホルモンバランスを整える、というもの。

もう大嶋さんの著書はほとんど抵抗なく読めるし、「ああ、これがまあ真実だよなあ」という感じで腑に落ちるから疑いもなく読み進められた。

トラウマを治療するための方法が自分が本当に怖いと思ってるものと対峙することであるとは、すごく興味深い。

そして、たまたまこのタイミングで筒井康隆さんのパプリカを同時に読み始めてたものだから、パプリカの内容がちょうど裏付けられるようなかたちでしかもこの予備知識がなかったらここまでおもしろいとは感じなかっただろうなあ、という感じでそれぞれの内容が補完しあっていて、とことん事実として自分のなかで受け入れられた。(インターステラーも同タイミングで見たからなおさらw)

 

 

内容についてはここでは触れないけど、それを読んで最近思ったことを外部記憶として書いておく。

 

もしいまの「科学」が単に追いついていないだけだったとしたら

ひょっとしたら十年後、二十年後には今でこそ「常識はずれ」だとか「馬鹿げてる」と白い目で見られるような事柄が、当たり前の現象として存在しているかもしれないということ。

 

病名はつかないし、検査で調べても異常は見つからない。だけどたしかに生きづらいし、人にはいえないけど自分は残酷なことを想像したり、理不尽な怒りを発してしまったりして、自分は異常なんだ、とかそう自責することでどうにか人間らしさを保っていたいと思う。

確かに何かが自分のなかで変だというのはわかるのに、それを取り除けない。

それがなんなのかはわからないけど、自分らしさを得られないの原因はここにあるんじゃないか、っていうことだけ漠然と、だけどある種の確信を持って、これさえなければ普通にうまく生きられそうなのに。っていう気持ちが燻ってた。

そういうことを口にしようものなら、もっと現実を見ろだとか、できない理由をなにかのせいにしてるだけだとかいう風潮がある。

でもそれは違う。

「普通」の人が聞いただけじゃ、なにいってんのこいつ、ってなるだろうけど、それはそれで当たり前。わかる人には自分のことだってわかるものなのだ。べつにそれは選民意識とかそういうんじゃなくて、むしろそんな意識から逃れて「普通」になるための手段を知りたいだけ。

 

体がここにあるからって、すべてここにあるものだけが真実とは限らないじゃん。

現にそんな生き方が蔓延してしまっているから、閉塞的な社会を生み出している一因でもあるように俺は思う。

たとえば、そこにある三畳間の空間を狭い、とほとんどの人が認識する。その感覚にうそはないしそれが現実だ。だけどその現実っていうのは三次元に住む僕らから見た一空間であって、もっといってしまえば人間が壁というのを拵えたからその空間は生まれたのだ。屁理屈に聞こえるならそれはただこの世に長居したせいで、習慣からくる経験が受け入れないのは当然のことだろう。

それはようするに神様など信じないといっている多くの人々が三次元を信仰しているということでもある。

 

こういうのって考え出したらほんとに面白いし、正統派アーティストが歌にして刷り込む「今を生きてる大切さ、かけがえのない日常」なんかよりも、実感としてそこに宇宙すら感じるし、記憶力のせいで薄れはしても、この想念みたいなものが消えてなくなることはない。

 

なにより俺の頑固な考え方をものの見事に覆して、生きやすさを提供してくれた。

もちろんいまは、少しハイになってるだけだろう。人間は恒常性のおかげでずっと同じテンションではいられない。一冊の本で救われることもおそらくないかもしれない。

 

だけどその波をなるべく小さくしていけたらいいな

 

凪をめざして

https://youtu.be/DPPklmSSrlA