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teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

毛髪量と思考の因果関係

アウトプットするって大事だ


脳の中で静かに考察するのは好きだけど

それを口に出していってみたり
(いや、これはそういう話しをしても怪訝な顔をされない人が身近にいないから無理だけど、)

あるいは文字として書き起こしてみたり





んで思ったんだけど



最近は誰にも見せるつもりのない日記帳を買って、それに気が向いたときに記入してるんだけど

あきらかに、ここで文章を書くときと

その日記帳に書くときとでは

内容も文体も違う。



それは相手がいるかいないか、っていうのもあるんだろうな、って


読み手への配慮というか

やっぱり、たまたま何気無く通りすがりに読んだだけで相手が不快になるような内容はなるだけ書きたくない



それともうひとつは

こういう考え方をする自分がいる、ってことを誰かに伝えたい、って気持ちが少なからずある。


こうしてブログに書くときは




とはいっても、訪問者数は悲しいくらい少ないんだけど



でも

人の目に触れるかもしれない場所で

言葉を書く、ってときには
ある種の責任感みたいなものを感じながら言葉を考えてる




だからなのか

日記帳のほうはただただ負のエネルギーが吐き出された、読み返してもなんともいえない気分になることしか書かれてない



しかも思考がループしてる

負の連鎖



それはそれでいいのかもしれない(いいのか?アウトプットとしてはいいかもしれない。だけどおれはそれを求めてない気はする。吐き出す、って行為はループする傾向にあるから)けど





せっかく言葉を書くのなら

だれかに読んでもらいたいし

見られることを前提とした人肌の文章の柔らかさ、みたいなものを書いていたい








友達がいないのはメリットもデメリットもある


職場での会話に支障がでるのでこれが一番イタイ。


職場と言わず、声に出して言う、っていう能力がすさまじく衰えている


コーヒーショップで注文するとき、
美容室でカットをお願いするとき、等々





愚痴なり雑談なり

友人知人と交わす、生産性のない会話を

飽きもせず続けることの有意義さを見い出すとしたら



おそらくそこなんじゃないのかなと思った

悲しいくらいの理由だけど


ストレス発散+アウトプット




そんな関係のために友達を続けるなら
疎遠になってよかったのかもしれない




会話をとるか、思考をとるか








髪を切って短くすると気分が上向きになる、

これ前から思ってたんだけど

おれの場合ほんとこれだ。


昨日までの自分の思考とあきらかに違う



今度から考え方が暗くなってきたら髪を疑おう、散髪しよう。



単純。