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teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

原子力と哲学(釣りタイトル)

外国人と日本人の原子力っていうものに対する恐怖心とか意識の違いってなんなんだろう

しかも日本は原子力爆弾で被害を受けた唯一の国なのにどうしてこんなに原子力に対しての危機感のない人が圧倒的に多いんだろう


当事者意識がないのかな

でもたしかに自分含めて原子力に対する恐怖ってのは具体的には想像しにくい


これはなんなんやろ

教育のちがい?
想像力の欠如?





放射能のなにがこわいかって
この実感のなさなんじゃないのかなとおもった


とりあえずいまなにもないし、べつにテレビが取り上げるほどの大きなニュースにもなってないわけだし‥

この感覚が一番こわいのかもしれない




あんまり過剰にいうと風評被害が〜だとか

国民に不安を与えないためだとか


よういうわ


保身と金のことしか考えてない人間の言い訳に

まんまと引っかかって乗っかってるだけじゃないの



原発肯定のひとの書籍をちらちらっと立ち読みしたけど


原発はやめたほうがいい、っていうひとの意見と見比べると



中身がない、

なんかけっきょくは

原発でここまで日本は成長できたんです。

まだ世界で誰もなし得ない原発の安全な扱いのできる国として名乗りをあげよう。

原発なしでは国は破綻する。



とか

なんかもうね


本ってこわいね


なんか、「本になってる」ってだけで
本屋に並べてある、ってだけで
箔がついたような、なんか正しいもののような錯覚に陥るから




すごく曖昧なもの
原子力って


原子力研究に携わるひとのなかでもさまざまな意見に別れているそうな


生きる意味に似てるなあと思った

生きてる意味を考えたとき
これ、っていう結論は出ないし

仮にその人なりの結論がでても正しいとか間違ってるとか一概にはいえることじゃない点が

ある意味哲学




んでそのだれにとっても曖昧だからこそ

政府やら東電やらのお偉いさんのごまかしが効くわけだ


そして国民が原発に関して本当の意味で詳しく調べようとはしないのをいいことにごまかしてる現実


原発ノーっていうのは
そういうひとたちに対して
不正はもうやめようや、っていう意味合いも含めての発信であるべきだとおもう



おれも自分で知りたいとおもう前は
単純に反対してた

とりあえず汚いことを裏でしてるんだろうことは漠然とわかってたから



だけどまずこの原発について発言なり議論なり主張なりするには
自分で原発の仕組みとか変遷とか知ったうえで話すべきだなと感じた


そして互いの意見を潰し合うような論争じゃなにも先に進まない



たぶんもうそういうお国柄だから
もうほぼ永遠にそういういたちごっこが続くのは仕方ないしべつにいいんだけど





啓蒙するとか

こんな世の中間違ってる!なんて今さらなことがいいたいわけじゃなくて

ただ知識欲がはたらいたから調べた







とはいえ

なんなんだ


この原子力ってやつは



人間の醜い部分をくすぐるような



それは賛成反対に関わらず

きわどいところをついてくる


人間をおちょくっている物質といいますか


いや、正確に例えるなら

ただ自然にできた落とし穴に人間自らがはまり込んでいってるだけなんだろうけど



この物質は神様のメッセージなのかもしれないな、とかなんとか
信仰心のないおれは考えちゃったりもした







死にたい発言から一転

なにをはなすかとおもえば

すいません情緒不安定なので勘弁



メモ程度でてきとうに書いたし
まだ本も読み終わってないから訂正するかもしらん


しらん