teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

レイニーデイ

雨だ。雨は憂鬱だ。あ、詩的なことをいうつもりは全然ない。たしかに雨が降っているとそんな叙情的な気持ちになってくることもないではないが、具体的な理由はちゃんとある。僕は足下を気にしすぎるきらいがある。最近わかってきたことだ。それはどうやら晴れの日でも同じようだ。だからといって、そのことを過去のトラウマがどうたらとか絡めて僕の生い立ちを語りはじめて物語が進むわけじゃない。

とにもかくにも、気になる、のだ。

晴れの日でもそんな調子なので、雨の日はなおさら、よりいっそうの注意が払われる。


もしかするとただ、滑ってこけたときの状況とその周りの視線に耐えられそうにないという臆病な想像から
「ならばこけまい」と予防線を張っているにすぎないのかもしれない。なんという小さい男だ。わかっている。そんな考察はとうの昔に巡らせ、妥協した、つもりだ。
悠然と構えていられる人間は、そもそもの根本からそんなことを考えたりはしないのだろう。
そして考える必要もない。こけないのだから。


そう。恐らくは僕のこの予防線は杞憂だ。取り越し苦労だ。
この春吉行きのバスが事故るかもしれない、バスジャックにあうかもしれない‥。それくらいの確率の出来事を案じているわけだ。甚だ阿呆らしい。じゃあやめればいいと、気にしなけりゃいいと、そんなに話は簡単なわけじゃない。


万が一、がある。
世の中には「まさか」と笑っているやつがまんまと詐欺に引っかかる現実があるのだからー



おっと、くだらぬことを考えているうちに景色はお馴染みのオフィスビル街に変わっている。だが降車ボタンを押す必要はない。きっと誰かが押すだろう。

ーーピンポーン。
「‥つぎ、とまります」



不機嫌そうな運転手の声。
なんの感情もなくぼんやりそう思いながら人ごみを縫って定期券を提示する。

運転手は、窓の外の灰色の景色のほうに視線を傾けたまま一度もこちらを振り返ることはなかった。


時計を見る。まだ時間はある。

余裕をもって家を出たのだから当たり前といえば当たり前なのだが
それでも時間を気にしてしまうのはこの国の人間であることの証なのだろうか。


ぞろぞろと多勢の人間が降車し、ドアが閉って少し動き始めたところで

おばあさんがそのバスに向かってかけてきて、彼女なりの大声をあげて乗降口のドアを叩いて「あけてー」と叫んでいた

しかし、バスはすこし躊躇ったような速度で進んだのち、意を決したように行ってしまった

すぐ次があるだろうと、エンジンが吹かしているようにも聞こえた。

おばあさんのほうはあんまり見なかった。見ないようにした。

生きていると、こんなことばかりだ。


小さな罪悪感を覚えながら僕は会社へと続く道を歩き出した。