teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

大阪旅行一日目(まだ着いてもいない編)

大阪一人旅に行ってきた。

安定の低空飛行。

その不吉な予感は出発日前日からはじまっていた。

 

たしかにおれにも非があろう。日頃の。

とはいえ、だ。なぜに前日になって互いに不愉快になるであろうことを言いだすのか。

思い出したくもない。

それによりすごくムカムカバクバクした気持ちで目を閉じなければいけなかった。

たいていそんな寝方をした翌日は体のあちこちが軋み、頭もどんよりと曇ってとても優れた気分になどなれようもない。

 

もう、いい。この話はここでもさんざしてきたと思うし、そのことをクローズアップすることは結局母の束縛にたいしてまだ断ち切れないなにかがあるということにもなると思うから、ぶつ切り。ここで終い。これでいい。相手にしない。

 

はい。

それでそんなくらーい気持ちではじまった旅なんですけどね。

あ、でも天候には珍しく恵まれました。これは見方次第ではけっこう好運だったんだろね。でもそうは思えないほどイライラさせられたからなあ。

 

はい。やめましょう。

 

で、のぞみに乗って、いざ出発。

はい、ここでひとつ簡単に不運だったことを書いておきますと、「うんこに行きたいなー。でもどうしようかなー」とお腹がぐずぐず、気持ちがぐずぐずしていたときに、岡山あたりだったろうか。ひとりの巨体のフォーマルな格好をした男性がC席に着席した。

自分は今回たまたま窓側の席だったわけであるが、ようするにその巨体男さんが道を塞ぐ格好になったわけである。

勘違いしないでいただきたいのが、べつにデブだから邪魔だとかデブだから汗臭いだとかデブがデブなのは総じて自制心がないからではないのかとかそんな心ないことを今回は思ったわけではない。

 

彼は着席するなり、ドデカい旅行カバンからおもむろにノートPCを取り出し、なにやら作業にとりかかりはじめた。

たしかにうんこに行くかもしれないこちらの身としては、そのように腰を据えられると、とっさの便意に対応できないではないか、という不安もある。

そして数分間の彼の挙動から、「融通の利かなそうなデブ」という判断を下していたおれは、すこし不安になったのもまた事実。

だが、このときばかりは別の不安が頭をもたげた。

 

なぜに、なぜに彼はマウスを使うのか。

ふつう、ノートPCというものはその特性上、指で操作できるマウスが付いているものである。

たしかにハードであるマウスを付けて操作することも可能であるし、それを付けたほうが操作性は向上するというのも頷ける。

 

だが、だが、公共の場で、ノートPCを広げて作業する人間で、マウスをくっつけて操作している人間というのは、はじめて見た。

 

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……

 

マウスのクリックというやつは、一度気になりだすと気になるものであり、デブときている。やはりおれが最初に想起した印象はあながち間違いではなく、このデブのクリック、「デブクリック」にあと何時間付き合わされなければいけないのだろうかと思うと気が気でなく、不安は便意を煽り、便意は殺意を煽りで私はなぜこのような気持ちにならなければいけないのか。やはり昨日の母のひとことから始まった悪運はこの調子で続いていくのだろう、まったく前途多難な先が思いやられ暗鬱とした気持ちになりズブズブとその沼に沈んでいくような気持ちになりはじめていた。

 

いや、待て待て待て待て。彼には片付けなければいけない仕事の山があり、こんな移動の最中でさえ、休息も惜しまず、臭い汗水を垂らし、健気にはたらいているのではないか、と

もしかすると、己の知らない、指での操作はしづらいアプリケーションを使っており、致し方なく、肩身の狭い思いをしながら、それでも僅かばかりの給金を受け取るため、嫌な顔をされてもめげずに頑張っているのではないかと、まったくお角違いのクレーマーに対して、平謝りを繰り返すアルバイターのように、痛みをこらえてがんばっているのではないか。と、わずかに残された善意の、天使のおれがそう囁いていた。

 

チラッ

 

チラチラッ

 

おれはさりげない風を装い、彼のPCを何度か覗いてみた。

 

おかしい。

 

 

彼はあれだけクリックを繰り返しているというのに、

 

まだなにもアプリケーションが起動していない。

 

エクセルだとかワードだとかCADだとか、なにかそういった類のアプリケーションが、立ち上げられてもいないのである。

 

では、彼はなにをしているのかというと、

 

彼はフォルダを開いていた。

 

ただひたすらに

 

フォルダを開いていた。

 

 

 

どんだけルートの深いフォルダ開いとんねん

 

 

いっこうにその画面は変わる様子もなく、

いつまでもいつまでも、その耳障りなクリック音がわたしのお腹と悪魔を刺激していた。

 

新大阪での下車だった私は彼の前を通ることになった。

 

降り際、彼はたしかにテーブルを片した。

 

しかし、足元のドデカいカバンは置きっぱである。

 

これを跨げというのか。

 

その列は三人掛けで、ちょうどその前の前くらいから乗車してきていた人も真ん中に座っていたから、ただでさえ手狭なのである。

 

そして一番の問題は巨体の膝小僧である。

膝小僧+ドデカいカバン=

 

 

いや、立てやデブ

 

 

なんなのだ、

目を合わせようともしない。

 

ガリってんだから通れんだろ、とでもいわんばかりの態度である。

私はからだをくねらせくねらせ、大股にひらきひらきしてなんとか通路に出た。

 

「デブクリックを繰り返す融通の利かなそうな、いや、融通の利かない膝小僧デブ」に私は心底疲弊させられた。やはり、前途多難な旅である。

秘密と嘘

見た。

 

純粋に楽しめた映画だった。

 

世の中。人間関係。

あの母親はいまでいう毒親

それも性に関しては奔放(というよりも騙されやすい?)だったのに娘や弟に対しては放任主義などではまったくなく、極度の依存体質ときた。

そこが共存しているタイプの人間というのも珍しいなとおもった。

 

とりあえず同情の余地はないよね。申し訳ないけど、嗤ってしまったわ。何度か。笑

むしろ突き放されるべきだとおもったし、ほんとうのほんとうの現実ならそうなってたと思う。

空気はまるで読めないし自分の都合ですべて動くし、「不器用」で済ませられるレベルではない。おれだったらぜったいに許せないし今後いっさいのお付き合いを断つな。

この人が結果的にハッピーエンドを迎えるのもやっぱり物語だなあとおもった。

 

ホーテンスはいわずもがな強くて優しくて包容力もあって一度も自分を捨てた母親のことを責めようとはしなかった。

 

物語が丸く収まったあとで彼女は微笑みながら腹違いの妹にそっとつぶやく。

本当の事を言えば、誰も傷つかない。

 

だが待ってくれ。それをあなたがいうか?

彼女自身が真実を、腹の内をぶちまけたシーンなんかどこかにあっただろうか。

否、耐えに耐えているシーンしかなかったではないか。毒親の言動に内心ではほとほと呆れ、言いたいことを飲み込んで、なんとか気丈に振る舞おうとするあなたしか見なかった。

あなた自身が傷ついているじゃありませんか。と

いったんこのことに気付いてしまうと、「え、なにこれコメディー?まさかのウケ狙い?痛烈な皮肉ですか?」と思いだしたんですけどどうしてくれるんですか。

 

当事者である自分自身をおざなりにして生きている彼女の今後の気苦労をおもうと、気が気でない。

 

これは「怪物はささやく」での治療が必要ですね…。

 

つーかこれ、だれもなんも言わなかったのかよ。

これ作品の根幹に関わるだろうよ…

監督がいい映画を作ったなあにやにや。ってしてるとこが思い浮かんでしまったんですけど。

監督は本当に経験があったのかな、当事者だったとは思えないな。仮に当事者だったとしてこの結末を用意したのなら、そうとう心に深い傷負ってるか、そういったことに目をつむり続けてそれが生き方になってるんだろうな…だとしたらなんて慎ましい。

 

まあそれは置いとくとして。

 

本当のことをしゃべれば誰も傷つかない。

これつい最近読んだ本にも似たようなこと書いてあって。その本でめっちゃ納得させられたんです。

なんというか、本音を語らなすぎるのが誤解を生んで、ゆくゆくはセックスレスみたいな関係に発展していくんですと。(いったいなに読んでんだ)

でもこれって経験してわかったけど、自分が心を許してる存在だけだな、と。

「傷つかないために、本音を語ることが必要」というのは。

もっというと、恋人や親友、(信頼のおける)家族に限られた話なんだと。

(距離感をあやまった親には話さないほうがいいw)

本当の信頼関係を築きたい相手に対しては、本音をいったほうが間違いなく幸せになれるんだと。もちろんいたわりとかあるのは大前提だけど。言い方とか言葉のチョイスとか言い方とか。本音というか、希望、だな。自分のこうしたい、という小さな欲望。

あと感情の吐露。

 

 

 

 

 

 

んーーーー、なまってんなあ、最近。。

やっぱり影響うけてるんだろうな、

最近よくデートする女の子としゃべっているせいなのか、ペン先が鈍る。

こないだ一緒に映画にいったときも、おれはなにかを見ないようにしていたんじゃないかと頭のなかがもやもやしている。

どこかで嫌われたくないという心理がはたらいていたり、好意的に捉えることだっておれには必要なことだったんだとなにかそれらしい気付きを得たようなフリをしていたりするのではないかと。

 

これはいい傾向として受け止めるべきなのかな。

だけどなんかもやもやすんだよな。

まあ慣れかなー

無理してるとは思わないし彼女も辛口コメントには寛容だし

時間が解決するのかなー

 

今日はこの映画の感想を書くつもりはなかったんだけど、

映画見終わって感想書くつもりがない映画の感想を無理やり書き始めたらどんな感じになるのか実験をしてみようと思って書き出したらこんな感じになった。

 

なんか不思議。書き始めたときは間違いなく良作寄りの作品だと思ってたのに書き出してみるとあれなんかヘンじゃね?みたいな感じになっちゃったよ。

おもしろいねー

まあべつに嫌いな作品だとは思わないけどねー

ってこれも彼女に悪く思われないがための)ry

君の名(前)は。

はい。最近よくお食事をしている女の子にどうしてもといわれ、君の名(前)は。」を見るハメになった。

 

しかしオイラの性格はひねくれているよ、という話はしているし、そういう発言を彼女のまえですることもちょくちょくありつつ、それでもいいから見てみてよ、といわれ見るに至ったわけだけど。

 

いやー、泣きそうになりましたね。

 

いやー、ほんとごめんなさい。生まれてきて。

 

こんなにも違うのかと。いったい「君の名(前)は。」がこれだけ支持された理由っていったいなんだったんでしょうかね。ほんとに。

 

「君の名(前)は。」に感動できる人たちが世の中を占めているなんていうふうには思わないけど。

けど興行収入がぶっちぎりだったという事実もそこにはあるわけで。

そういうふうに考えちゃうのも無理はなくない?と思うのもまた事実でありまして。

 

いっやー、ごめんねー。生まれてきて。

 

世間の人がいいというもので感動できない自分というものを再確認させられて泣きそうになりましたね。

 

自分はチンカイ監督の作品はこれで四作目である。

なぜ嫌いなのに四作も見ているのかと訝られる方もおられるでしょうから、ご説明申し上げると、初めて見たのが「秒速五センチメートル」でございました。

 

この作品、好きでした。空気感といい、男女の淡い恋といい、描写といい、ストーリーといい、この作品って素朴だったからなんか好きだった。ただし個人的にハッピーエンドにせず、東京で暮らす男がメソメソと過去の(それも学生時代)恋愛をいつまでも引き摺りやさぐれているというオチは監督のオナニーだと思った。

 

それでもまあ、学生時代の彼女に会いに行くシーンなどはとても心温まるものがあった。

それからオチには失望したものの、次の作品ではまた違ったものがあるかもしれないと、一作、また一作と手を伸ばしていた。

 

だが、ダメだった。

 

チンカイ監督の利き腕は快調だった。

秒速五センチメートルなどという生半可な速さではない。

 

きっとチンカイ監督はまだ童貞なのだろう。

もちろんこれは比喩的にいって、だ。

 

まあ、巷でいわれていることではあるが、チンカイ監督はオナニー映画の天才なのである。

 

自分のオナニーがなぜかしら世の中に需要がある、ウケる、レスポンスがある、と気付きいた彼は、たちまち勢いづき、欲望を欲望として昇華させた。これまでは「これ描いたらマズイやろ、わての顔で、これ描いたらマズイやろ、」という描写さえ、微塵も躊躇うことなく、いやむしろ、水を得た魚のように、ハンサムスーツを得たブサ男のように、女性の視線さえ意に介さず、描き切ってしまった。

 

それがまたなぜか、世にウケてしまった。

 

それがいったいなぜなのか。それは私にもわからぬ。

くやしい。

あの描写は間違いなく性的な目線で描かれているというのに、女の子たちはそれに気づきもしないというのだろう?はなはだくやしい。中腰の姿勢で、膝から右足を振り上げ、地面を何度も踏みつけにしたいくらい、くやしい。

 

でもこれはあれだ、女の子にまつわることって、いつもそうだ。

意中の子が好きになったり夢中になったりしている男に限って「そいつだけはやめておくれよ…」というような現象。

「なんでそんな不実な男にいくんだよ。。」という胸の苦しみに似ている。

 

チンカイ監督もまた、その男の部類であると、おれは君の名(前)は。」が公開されるずっと以前から、思っていた。きっと、私生活はきったないんやろうなあと。

 

 

案の定彼は君の名(前)は。」の大ブレークから数か月たったあと不倫のニュースになっていた。

 

きっと失望された女性諸君は多いのではないだろうか。

「あんなピュアな物語を作った人が信じられない…」と。

 

そんなものは冒頭からけつまで、だだ漏れた欲望の汁をまんべんなく塗りたくった「君の名(前)は。」を見ればあきらかなんだけどな、と思う次第でして。

 

…そうなのだ。これは女性が騙される映画なのだ。

 

「君の名(前)は。」は、その実、少女漫画のストーリーが描かれた、「マジックミラー号」なのだ。

 

鏡の向こう側にあるのはドロドロとした欲望、男が黙過している暴力性。

そういったものをマジックミラーのこちら側に配し、スクリーンの向こう側にいる人間にはとってもピュアで、潔白で、純情で、一途な美しいものを描いているという、奇跡的な二面性を保持した素晴らしい作品なのだ!!!!!「君の名(前)は。」!!!!やるな!!!!!!!!

 

 

こんなディスり方をしたレビューが、かつてあっただろうか。

断っておくが、おれは穿った見方を極力さけて公平に視聴しようと臨んだつもりだ。女の子にすすめられた手前、感想としても良かった点を挙げるためのアンテナをはっていたつもりだ。

その結果がこれだ。見る価値はない。少なくとも時間がないと感じている根暗な人間にとっては。

 

うん、決めた。これから先、映画という話になると、「君の名(前)は。」見た?と問う女の子は大勢いるだろう。その質問には「いやー、泣けたね。」と正直に感想を言おう。人とのつながりについて、考えさせられて、涙がでたと。

 

 追記

 

少し真面目な考察を入れるなら、描かれているものの不自然さ、がある。

 

宮崎駿の名前をここで出すのは全然間違ってるのかもしれないけど、

彼が描く人や車や食べ物、道具に至るまで、そこに意味がある描かれかたがしてると勝手に感じてて。

 

なんというか、ちゃんと歴史がある、過去がある、というか。

たとえば、このことに気づくきっかけになった「思い出のマーニー」なんだけど、

あるシーンで、まったく物語とは関係がなく、自転車で素通りしていく女の子が出てきたシーンなんだけど、「あっ、彼女はどこにもむかってないな」って一瞬で思ってしまって。それからコンマ数秒で「描写されるためだけに描かれたかわいそうな女の子」と意地悪な考えが脳裏を埋めた。笑

 

そんな感じで、出てくるものや人に歴史が感じられない描写ってのがあって。

 

それが、絵の綺麗さ、情景描写の巧さをうたったものならなおさら目につくのかもしれない。

 

そんなわけで

君の名は~の、冒頭の電車のシーンはとくにお粗末に感じた笑

4車両がいっせいに並ぶことって、あるのかね笑

 

 

まあそう考えるとやっぱ宮崎駿ってすごいなと、違和感がないもんなあ

 

 

追記の追記

 

見る価値ない、とか

そういうのは訂正。

 

視点とか、あるね。ほんといつも忘れるけど。見落とすけど

 

もしかしたらミツハの母が亡くなったのも必然、そうして父が神主を継がなかったのも必然、人を動かせる町の役人になったのも、必然。

それはすべて彗星から町民全員を救うため、そう考えるとこれは、こないだ見た「メッセージ」に通ずるところがあるぞ…

 

なんてこった

 

価値がないものなんてない

 

軽々しくそういわれるのはすごく不快だけど

その事実はほんとにごく自然にそこにある。

言葉にしたら陳腐になっちゃう真実あるある

 

あー意地悪な世界

愛情日誌 / 夏石鈴子

夏石鈴子氏の「愛情日誌」を読んだ。

印象に残った部分やなんども取り出して読みたい部分の抜粋などを書き散らしていく。記録のため。

 

この人の本を読むのは「バイブを買いに」いらい二冊目だ。

バイブが処女作だったようで、それとは知らずにネットのレビューなどを読んでも面白そうだったので買ったんだけど、短編で構成されていて、どれも楽しく読めた。どれの話も恋愛にまつわるものなんだけど、どれもリアリティがあって、現実にぜったいいるよなあこういう男女。というような、それでいてユーモアもあってすごく印象に残った作品だった。そのときから受けてた印象として、すごく視点が冷静だなあというか、視点の冷静さというのもそうなんだけど、それをそのまま描くこと、っていがいと難しい。そこには自分の経験であったり嗜好であったり気付かないうちに主観フィルターを通した文体になることが往々にしてある。とくに女性の作家にはこういうタイプが多いかもしれない。まあ、それが個性、として重宝され作品の味を決定するスパイスになっているんだろうけど。

にもかかわらず、バイブでは、夏石氏の書く物語ではそういった主観が鼻につくほどには気にならないからとてもいいと思った。読んだのは半年以上前だからあの頃のおれは、という意味でだけど。いまはわからない。本も人に貸しちゃってまだ却ってきてないし。

この機会に読み直したいなあ。

 

 

んで、今回読んだのは恋愛ものから一転、夫婦の、家族の、物語となっている。1歳と3歳の娘と息子、そして旦那。妻である女性の目線で描かれている。これは当時の夏石氏のリアルともつながっているようで、ある意味エッセイっぽいのかなと。

話の中身としては、夫婦の性生活のこと、子供たちとの日常、主人公の仕事のこと、そんなこんなが描かれている。この旦那というのがそこそこ売れてる映画監督というひとで、収入が安定しているわけではないし、世間からしてみると、いっぷう変わった人。だから主人公は働く女性であり、家庭を支えているのはこの人なのだ。当時としてはきっと働く女性、収入の安定しない夫という構図は風当たりが強かったんだろうな、ということが文面を読んでいると窺える。(なんかやけに攻撃的だなあという文章がちらほらw)

じっさいに、夏石氏の旦那さんは映画監督で、子供も二人いて、という家族構成らしいからなにか思うところがあったんだろう。

 

で読み進めてるうちに、なんか、この女性、強くなったな、という印象を受けたw

まあもともとそんな気質であろうことはバイブでも感じられたけど、母親になったのだなというすごくそのままな感想をもった。

 

失礼を承知でというか、そんな前置きをすることが失礼になるかもしれないのでここらへんで失礼を承知していうと、こういう強い女性の振る舞いとか生き方は好きだけど、恋愛対象にはならないな、ということを好き勝手考えましたw

まあ、そもそもおれはこういった女性に相手にされないなというのも想像がつく。

 

とくに最後の「夏の力道山」では強い女性がフルパワーで発散されており、おれはこのひとに嫌われるだろうなwと思うと同時にみんながあなたみたいになれるわけではないのだよ!と心の中で反論したくなったw

あとちょっと登場人物のなかにオーバーすぎやしないか?という役割を担わされているかわいそうなキャラが何人か出てきたのはなんかちょっとな、と思った。

でもまあ、あれなのかな、敵を作らないといけないのかなと。

家族っていうコミュニティを維持するためには。

スタンスとしてはどちらもありでしょうね。という体裁を言葉でも発していながら、あれでもけっこうディスってね?みたいな。部分が見受けられた。

まあ、できるひとにとって、イライラしちゃうのかもね。

怠惰だけでは説明のつかない人間の限定された行動って、あると思うんです。

 

いやいや、それにしても今回の読書は女性の視点というのをまた垣間見ることができたし、そういう些細なことが下手をすれば不和につながっていくんだなあということを具体例として知った。

 

子どもって、毒を出しているのではないか。毒は、おしりの周りと、口の中から出る。その毒を吸うと、大人はどんどん原始人になり、セックスをしたくなくなってしまうのだ。

オムツを替えてやるときや、オムツが取れても、トイレの後、おしりを拭いてやるときに、その毒は撒かれる。無防備なおしりに、親が欲情しないように、子どもは身を守っているのだ。毒のおかげで、ちんちんやおしりを見ても、全くいやらしい気持ちにならない。 

 これはなるほどなあと思った一節。笑

 

「あのさ、地球にUFOが来てるじゃない。でも来てるばっかりで、全然宇宙人は地球を乗っ取りに来ないね」

「まあね」明彦は答える。

「あれはさ、よく調べてみたら、地球のことなんか欲しくなくなったんだろうね」

「そうかもね」明彦は笑う。

「いいけどさ、どうして今そんな話するの?」

「だってもう、わたしには、そういう話できるのは、あなたしかいないんだもん。事務所では仕事の話だけだし、保育園のお母さんにこういう話はできないもん。だからあなたに言いたいの」

 これもなんだか頷ける話。

 

わたしの正体も知らないで、平気で眠り込んでいる二人の子どもを見ると、かわいそうでもあるし、あわれな気もする。 

 ね。いつも世話をしてくれている母親っていうだけで絶対な信頼を寄せている子ども。

幼いころの親と子の認知の隔たりってなんか、すごいな、こわいなっておもう。

 

 本当は悪いことだけれど、明彦の体に腕をまわしていると、「慣れること」と「飽きること」と「馴染むこと」の違いを、やっぱり思わずにはいられない。もちろん、わたしは明彦のことは好きだし、こうして抱き合ったり、気持ち良さを与えられたり与えたりすることも、好きだ。でも、この人と抱き合って驚くようなこと、嬉しさでドキドキするようなことは、もうないんだなと思う。ずっと知っていることばっかりがこれからも続いていくんだ。その事実が、わたしから元気を奪う。無口にさせる。何も別にだめになってはいないのに、「もうだめだ」という気持ちにさせる。

 避けては通れない問題ですよね。だから好きな人との初めての情事はなるべく先延ばしにしたいwピークはどうせ短いスパンなのだから…。このことがわかっていて、結婚して子どもを作りたいとまで思える日が、おれにはくるのだろうか…。w

触れてみたなら すぐに終わって きっともう届かないから

キセルのそんな一節がふと頭をよぎった。

 

家の中の仕事は、だいたいが後始末だ。汚れた物を洗って元に戻すこと。その繰り返し。そういえばお風呂に入ることだって、何かを作りあげているんじゃない、後始末だもんなあと思うと、おかしいものだ。

掃除洗濯…エンドレスリピート…

 

前略…そういうところも確かにある。でも、大きい声では言えないけれど、子どもと同じで、日々の暮らしに必要な技術は繰り返し「しつけ」ていけば、ある一定の水準に達する。 

 そうなんです。これは男女ともにいえることだと思うのですが、うまく調教すれば多少は自分に寄せることが可能なのです。それは趣味であったり笑いのセンスであったり感じ方の一部であったり。経験したことはないけど、生活一般のことでもそれがあてはまるんだろうな、と。

 

「あのね、わたしのわずかな経験から言うと、だいたい男なんて、ややこしいことのある女って嫌みたいよ。大抵、みんな器が小さくて、自分が理解できることしか理解しないの。ちょっとでも変わったことがあると、さーっと小さな蟹みたいにどこかに行っちゃうのよ。だから見せなくてもいい物や、知らせないで済む事柄は、きっちり隠しておかなくちゃ」 

 この本での一番の収穫と言っていいかもしれない。笑

男の本質を突きすぎていて、ぐうの音も出ませぬ。

若いうちは物好きもいて、メンヘラでもいいよという男はおるかもしれぬ。だがな、歳をとれば、だんだんめんどーくさいという思考になってくるものよ。

馬鹿っぽい女、女に嫌われる女がいつの時代も男にちやほやされるのはそのためなのです。

「けっ、馬鹿っぽい女性なんて、おれはごめんだね」

そんな男性こそじつは馬鹿っぽい女が最終的に好きになることってあるらしいです。

 

ただし、それで男に大切にされるかというとまた別の話でして、

一番理想的なのは、ただ馬鹿っぽいのではなく、それをひとつの術として使ってるってことを自覚しつつそういう甘えた振る舞いをできる人こそ男性は大切にしてくれるような気がします。ようはコントロールしてやってください。しょせん、蟹なんで。

 

 

 

一時間半。この記事に費やした時間。

副業でもはじめようかな。

un jun known

些細なことで壊されていく夢が現実だと

君の寝息が告げる

 

それでも僕はいま

誰かが味わった幸福の蜜を 静かに啜っている

永遠に賭けてしまいたくなる気持ちも わからなくもない

 

君を抱いた 君に触れた

ほんの数秒前のこと

その温もりを僕は うまく思い出せない

 

去り行く景色に未練はないと

そう唱えているけど

見上げた夜空 月とJupiter

明日にはもう 遠ざかっているだろう なんて

 

歪な僕らも さ迷える星の子

誰かに見つけてもらえるといい

そんなお姫様みたいなこと

醒めたはずの頭で 考えている

 

暗闇を不機嫌で塗りつぶしてしまわぬよう 星は瞬いていた

その光で 百年と持たない僕らの永遠も 照らしてみせて

もうだめだと思う

なんか、信じてる人に裏切られすぎた

 

生きてる自信ないです

 

死んでるアカウントだと思ってなんとなしに見に行ったら彼女は平然としていきてた

 

約束もなかったことのように

というかおれあの人と約束したっけ?って自分の記憶が不安になるくらいに

楽しそうなツイートをたくさんしてた

 

それもおれのすきな作品、彼女に教えたいろいろなものを愛でつつ、そこにおれはまったくおらず、見知らぬ彼とそれらのものとで構成された、充実した日々がうかがえる

 

絵文字をあんなに使う彼女をおれは知らない

 

じゃあなんだろ

彼女が不幸であればよかったって思ってたのか

 

 

いや、というか人としてありえんだろ

おれがそういうことされるのが一番傷つくって知ってるはずだろ

それなのに裏切るってこの仕打ちなんやねん

どうせ彼は死ねないとでも思ってんのかね

それかこうしてあえて失望させることでおれとの関係をきっぱり断ちたいのかもしれない

 

でもひどすぎるやろ

もういやだおれの人生こんな仕打ちばっかや

みんなおれをおざなりにする

こいつなら大丈夫やろ、ってみんなおれをてきとーにあしらう大丈夫なわけないやんか

それも大切に思ってるひとからもそんな仕打ちをうける、彼なら大丈夫だろうと、そんなん思っとるわけ?なんなん?なんでおれそんな仕打ちうけないかんの

そして今日はほんとーに人扱いしてもらえないいちにちだった

おれはバケモノらしい

その締めくくりがこれ

 

んであれか、明日になるとちょっと人に助けられて、もうすこし生きてみようってなるあれか

もういいもううんざり

もう突き落としてくれていいよもうめんどくせえぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶずんぶ