teresuwatebesu's blog

ときどき宇宙のことを考えるといいらしい

鉄槌の所在

好きな食べ物

住むところ

尋ねるだけで

憂鬱が迎えに来るなんて


あの日の前から感じてた

見えない恐怖は濃さを増し

いまや世界を覆ってる

 

NOと言おうがこの肉体は

不純な空気と水と種

生を求めて死を食らう


君を守りたい

時間がない

言葉は僕から出なかった

感覚は僕から出たがった

閉じた心で叫んでも

無邪気な君には届かない

覗き込んでも底なしの

ブラックホールみたいな

気持ちはどこで清算されるのか

 

咳き込む彼ら

塞ぎ込む彼ら

絶命の看過

いっそ不作為の罪に問うてくれ

そう望まなくとも

遅かれ早かれ

裁きは僕に下される

悪魔は野放しのまま

裁きは僕らに下される

 

雑感

考える人にはどんどん届く
考えない人にはなにも届かない

このことについて考えたことがある人はますます考える
考えない人は相変わらず考えない

溝は深まる
穴は深まる
だからもうそこの土は掘らなくていい

雑であることもまた上手くやっていく方法

徘徊若人

おれはなにがしたいのか、

毎度毎度街を徘徊しては

 

なにも収穫せず 

 

運賃520円也。

 

前しか向けない

 

それはポジという意味ではない

 

ここじゃないどこかを求め続けてる

 

それはどこか

 

何年も前からわかってたこと

 

目指せ、アフリカ

 

 

母の腰痛がここ最近悪化しており、ネットで見当をつけた若干スピよりの腰痛本を立ち読みした。

 

 ほんとうはこっち目当てで来た節があったのに、そこにたどりつくまでに道草を食って疲れていたのでパラパラめくった。

 

「痛みを実は欲しているのではないですか?」

「それで周りが優しくしてくれることを知って、自ら治る気をなくしているのです」

 

おれはパタンと本を閉じた。

 

読むべくして読んだのかもしれない。たったそれだけのフレーズを。

 

母もそういえば言っていた。「最近、ストレスがすごいのはある」と。

それが腰にもきているのだと。

 

それは思いがけず、口にしたのだろう。

母はおれにとは言わなかったけど、最近行動が把握できてないおれのことに関してもストレスがたまっているのだろう。

 

大丈夫だよ、母さん。

おれは誰にも心を開いたりしていないし、無口になったのは昔自分の考えをくちにしたときの苦虫をかみつぶしたあの表情を見て以来、

お互いのためをおもった結果なんだ。

 

これは母の作り出した口実であろうということを思わずにはいられなかった。

もちろん腰痛は昔からあって、定期的に痛めてはいた。

 

けど痛みが長引くことで、少なくとも姉も、自分も、さりげなく日常の些細なことを配慮するようになった。

 

これに味をしめたら最後、痛みは子をつなぎ止めておく道具として使われるだろう。

きっとおれが家を出ると言い出したら、「腰の悪い私を置いて出ていくのか」と、必ずいわれることだろう。

 

「これまでさんざんあんたのために、あんたを優先してきたのに」

というのは去年だったか実際にいわれた。

 

ああ、それが本心なのねとおもうた。

 

 

 

そんなわけで、おれは本を棚に戻した。

 

優しくすれば逆効果だし、その手の本は自分で手に取らなきゃ読み進める気にもならないと思う。

 

今年ぜったい家をでる。

おれはまだ世の中を知らない。

 

 


 

 

つーか、プログラマに必要な考え方、息抜き法、小技、てきな本ってだれか書いてないの?ぜったいあるとおもったのに。

 

「その考えはムダだよ、遅い遅い。」

 

バリバリの先輩に先日いわれた言葉。

 

思わず苦笑いしたよ。

 

まあ心象が良くなさそうだもんな~なぜか。最初は勘がいいと褒めてくれたけども。

期待されてるのもあるのかね

 

なんというか、問題点をプログラミングができるひとに伝えるのって、難しい。

当人の中では、その答えと、それがソリッドな質問に変換できる能力を有してるものだから、回りくどく、要領を得ない質問に苛立っているのがよくわかる。だからこそ、教えられる側も焦って質問がさらにしどろもどろになるし、

 

みんながみんな、そういうふうに考えられるわけじゃないよ。って言いたい。

 

 むしろ無駄なことを是とする社会じゃないですか。自分で生きていかんならんと決意する大人になるまでは。

 

 

ま、先輩には先輩の見えてる世界があるもんね☆

まさかこんなこと考えてるなんて思ってもないだろうな笑

 

 

あーあ、それでも悔しいと思ってまたあらたに参考書を手にしている自分がいる。

おれの原動力はすべて悔しさに起因している笑

 

あ、この

 

~している笑

 

みたいな()で括らずに漢字の笑を使いたがるやつって、非モテなんだって笑

ツイッターで流れてきたわ笑

 

こじらせた自意識が垣間見えるのだとか笑

あのな、ひとつ言っとくけど、そうやってカテゴライズすんのやめな?

おれはパリピという言葉さえ嫌いだった。

 

それはパリピにたいしてではなく、そうやって形容したがる層にたいしての嫌悪感がずっとある。あ、いや嘘。そういえば、ある。

どうしてそう人の行動を抑制したがるのか。お前は、人の行動力を奪ってどう責任をとるつもりか。個人がはじき出した結果表れている言動の揚げ足とったところでお前の懐に金が入るわけでもないし、名声を得られるわけでもないだろう。SNSでのいいねを集めたって増えるのは、ぶくぶく肥大した勘違い承認欲求

 

思想はどこまでも流動的なのに、こと仕事や私生活になるとそうなれないのはなんでなんだおれ

 

来週はALのライブ

花束で泣くことにしてる

対話

哲〇カフェに初参加した。

普通に書くと、なかなかに身バレしそうなくらいローカルなイベントだからあえてこう書こう。笑

 

まあバレたってかまやしないんだけど。

ただ今日のそこに至るまでの日々の経過のなかでも、いろいろと思っていた自分なりの考えを排出しておこうと考えて筆をとっている。

 

まず、これ主催した人、すごいな。

ルールがみんな意見を躊躇せず出せるためのしっかりとした土台になっている。

いや、ほんと久々に酸素吸ったわ。

やっぱり考えて、口にして、それが違うかもしれないとまた考え、考えを改める。

この口にする、って工程がないとなにも成長がないなと。結局それはDOってことなんだけど。自分の今年の、これまでの人生で積算してきた課題。

成長つーとなんか変なイメージ浮かぶかもだけど、そんな堅苦しいやつじゃなくて、新しい発見みたいなこと。

 

そしておれはここでいったんストップをかけたい。

この調子でいくと、「人には人の事情がある」と結び、いままでよりより、強力な他者への配慮で自分の乗る船が沈んでいくといういつものパターン。

 

たしかにあの場ではほんとうにそう思っていたよ。

でもその答えは自分にとって、自分の人生を生きる上で必要のないものなんだ。

 

発見はたしかにある。でも、それをすべて汲み取ることは、残念ながらできない。それをやったら自分が壊れていく。これは自分の経験から学んだこと。

 

 

 

去年から今年にかけて、初対面の人と交流する機会が何度かあったけど、

「不快だったら言ってね」「相手を傷つけるつもりはない」「いろんな考え方の人がいると思うけど」みたいに

自分の意見を、「多数の意見の中のひとつ」だよ、とラベリングしないと、言った本人の心が落ち着かない傾向にあるように思う。

それは自分も含めて。なにかを話したときに、「世間のものさしからすると、わりと極端だったかな」と瞬時に思えば、そうした言葉で取り繕ってしまう。

 

 

でも思うんだけど、この前提って必要ないよね。とおれは思う。

おれはゆくゆくは言いたくないなと思った。

 

なんというか、そんなん当たり前じゃん!みたいな。

その前提を言わなくても当たり前にしたい。

自分が経験から学んだ結論を、「※一個人の見解です。」

なんてことわるのはせっかくの自分から生まれた価値を貶めているような。大切にしてよ!あなたの経験!って思ってしまう。

 

むしろ個人の意見をそんなふうに曲解して受け取る人間なんか、正直そのまま自分の世界で生きてろよ、と思う。

まあ、初対面だから、というのは大きかったかもしれんね。

 

 


 

 

とにかく釘を刺されて生きてきたなあという印象。

これまでの、とくに学生時代か。

お前は目立つな、調子に乗るな、

律儀に守ってきたなあ

 

あいつらは人の人生に損害を与えておいて、からっぽの脳で三度の飯を喰らい、糞をして眠り、生きているのだろうか。

彼らもまた被害者だという視点はすでにある。それでもおれは被害を受けた当事者として、死んで生まれ変わらないかぎりは恨めしく思い続けるだろう。

それがおれの結果としての人生だ。

 

肝心なテーマについてはあまり覚えていない。

自分のことで精いっぱいだった。

とても楽しい時間を過ごせた。いろんな人の意見を身振り手振りで聞くのも話すのも刺激的だった。

こうした対話の機会がほっとんどない日本社会、詰んでるなというのも同時に思った。

死に方はアトランダムに選び放題だけどね。

 

 

建設的な結びにできないのは、おれの取り柄です。

 

 

一日後の追記。

あれだ。少なくとも、心の中ですでに他者への配慮がある人が、自己の発言のあとで、注釈を明示しなきゃいけないような社会が、変容することが望ましい。

終わった世界で続けろと
前提が違う そんな考慮はない

100年と保たぬ腐った道理が
生きるということ

健康そのもののキチガイ
そこにしかないものしゃぶり尽くして

いらないものばかり 欲しくなるんだよ
手を繋げない寂しさが際立っている

割れない数字だからかな

揺らぐな揺らすな

失望を受け流せ

どうせ最初の期待なんか

はなから勘違い

こちらはいい迷惑被害者だ

テンカンテン

今年はおみくじを引いてない。

つっても生涯で引いたみくじは10を超えないが。

 

というのも、昨年末。「来年は年初に対面で占ってもらおう」と突然思い立ち、大晦日の日に予約を入れ、今日がその生まれて初めての占い師さんを訪ねる日だった。

占いというより、ヒーラーに近い。

自分の興味がたまたまオラクルカードに行きついたこともあり、カードで見てもらった。

まず思ったのは、答えって出てるな、ということ。

 

それをはじめて人からいわれることで、行動に移さなきゃと思いだす。

もちろん、あっと気づかされることもいくつかあった。

たしかにそこ見直さなきゃな、と。

だけどそれも、過去に一度自分も考えた、使ってみた手段ではあった。ただその方法への信用度が下がって頭に残っていなかっただけで。

決めつけをやめること。たぶんこの人はこういう人だから、本心は話せないな、とかね。まあ本心は話さないけどね。←

 

んで、はじめに引いたカードは日本の神託カードというやつの「変容を促す蝶」だった。

さなぎから蝶へと変貌を遂げるときだと。

これまでの服を脱ぎすて、おしゃれをして自分の好きな場所へと赴きなさいという暗示らしい。

これね、言われる前からそうしたことをしようとだらだらと探りはじめた矢先だったから、ちょっと本腰入れてみるか。という気になった。(とはいえまだ実行に移せていない。だって仕事でメンタル削られすぎて…)

来週再来週あたりに開催される読書会があれば参加してみようと思う。

あのね、やっぱり人間は言いたいこと言えてないと内部で爆発するんすよ。たとえそれがタブーであったり、道徳的にどうなのか、といったことであっても。

おれはたぶんそういう世間的にはあまり馴染みのない考え方をしてしまうゆえ、あえて敵を増やしたくないというのもあって、無難なことしか言わない。そしてそれ以外にはけ口があるのなら、それでいいんだろうけど、俺の場合そこで飲み込むことはもう二度と口にされない、考えられる機会もなくなってしまうことなので、知らないうちに溜まりに溜まってたわけだ。

言いたいこと。だいたいおかしいよね。言わなきゃ考えって進展しないし、言ってはじめて、自分とは違う考え方の持ち主に出会って、そういう見方もあるのか、と知ったりしていくわけで。

 

よくネットとかで散見されるのが、「すこしは勉強してから言え」というやつ。

これって、まったく成長に対して不寛容な考え方だ。

間違えなきゃわからないことなんてたくさんある。その間違えをするな、というのは「大人」を名乗りたいだけの優等生のガキだ。

 

そうやって頭から押さえつけて、対話するつもりもない人間のせいで学ぶことができたかもしれない人たちの思考を停滞させる。無自覚だろうがお前は罪深いことをしている。

 

脱線した。

 

んで

 

とかくエネルギーが溢れているといわれた。サードアイが開いてるとも。

空気が読めすぎるばかりに、いらない情報を受けとってしまうんだと。めっちゃある。つーかそればっかり。

 

エネルギーを貯めるのはうまいが、出すのが苦手なんだと。

そして自分のぶんのパンがあって、目の前にパンがない人がいたら、分けるんじゃなくて、全部あげてしまうんだと。それで自分のぶんがなくなって困窮するというね。

もともとの性質がそんなんなのに、さらに感情でもそんなふうだから与えすぎて胸が空っぽになってるとも。

 

ぐうの音も出ない。

自分に謝りたいよ。みんなが自分を無下にする。なぜだ。といつも悩んでいたけど。それは自分が自分に対して行っていたからで。

人は、AさんがAさん自身に対する扱いと同じ扱いをする。

 自分にやさしくできなくて、人からのやさしさを受け取ることはできないのだ。

わかっちゃいるけど。なんだよなー

 

 

 

あとグラウディング。足ってやっぱだいじね。足洗うのとラジオ体操ね。ん?足を洗う?日本語おもろいなあ。

 

 心から体をケアするだけでなく、

逆のアプローチもありなのだ。見落としてた。

 

 

なんで日本ってこう、思想を語れないんですかね、

 

なんも特別なことじゃないのに

 

人と違うってことが

歓迎されるものに関してはいいけど

 

お前は違う、特別なんかじゃない、って叩かれる。

 

結局、歳をとってまとった鎧を脱ぐに脱げなくて、

まわりの足をひっぱることで、取り残されることから逃れてるんだろうな。

 

うわー、人としてあるまじき姿。

きもちわるー

 

若者の未来を奪うことで成り立っていた日本社会。

思想ありきだなと思うたわ

 

思想なんて呼べる代物じゃないがね

 

 

と、いうわけで。おれは言いたいことを言いたい。それは誰かを傷つけるためではなく、よりいい解決法や折衷案を見つけ出すための、対話として、言いたいことを言いたいのだ。

そういう場を見つけたので、勇気はいるが、ぼちぼち参加してみようと思う。

じゃないとまじ死ぬわ。

 

 

乗り越えられない試練はない。

占星術的にはそういうほしらしいので、気楽に、かまえて、生きて、いこう、っと

 

 

 

はあ

 

 

 

 

 

 

 

 

それとあふぉメーション。

サンド

唱える。

 

 

あと、

 

 

 

書き出す。

 

 

 

これね。

 

 

やっぱり

 

 

 

いいらしい

 

 

 

行動

 

 

 

それ自体が

 

 

 

 

 

変容するための

 

 

第一歩なのだと

 

 

 

 

よくわかります。

 

 

 

来月のキセルのライブたのしみ。

どっちつかず

迫るハコ 狭いハコ

揺られて今日は 逃避行

平日はさざなみ

寄せては返す浜辺のあわい

喧騒も潮騒のよう

ここは 現世の桃源郷

裏と表が地を巡る

人の心もまた然り

行きつ戻りつ夢心地

毒に揺られて帰りなん